◆チームブログ◆ 渋沢翁「中洲翁も予の意見と同様」
- shigeru-nagai
- 2024年8月24日
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新壱万圓札の顔となった「渋沢栄一」翁について、しばらくぶりに本を開いていましたら、気になる箇所がありましたので、一部抜粋をしてメモとして残したいと思います。
当時の一ツ橋の高等商業学校において、実業家である渋沢栄一翁が、経済と道徳とは一致すべきものであるとして講論を行った際、儒家である三島中洲翁(備中聖人・山田方谷先生の弟子)から「至極同感である。それでなければなりません」といって、その説に大変共感し、意気投合するようになったとあります。その後、中洲翁が遊びに来られた際、論語と算盤の話になると「実業家の口から、このような意見を聴けるとは面白い。それでは私も一つ、それに因んだ文章を書いてあげましょう」といって、一文を寄せられたというもの。渋沢栄一翁も、経済と道徳の一致させる事が大事であると理解できると説明する。
■ 三島中洲翁「此の言の中に充分の経済観あり」
〜 何故に孔子の教えが経済と一致しているかと申しますと、論語に次のようなことが出て居ります。雍也(ようや)篇の終わりに、「子貢曰、如有博施於民、而能済衆、何如、可謂仁乎。子曰、何事於仁。必也聖乎。堯舜其猶病諸」と。今是れを解釈しますと、孔子の門人の子貢と申す人が孔子に向かいまして、「若し世の中に広く恩恵を人民に施して、多数の人の難儀を救う人がありましたらば、如何なる者と御認めになりますか、仁の仕事というべきものでありましょうか。」と尋ねました所、孔子の申ささるには、「左様な大事業は、何ぞ啻に仁の仕事に止るべき、是れは必ず聖人の仕事であろうか、さりながら堯舜の如き聖人ですら、矢張り広く恩恵を人民に施して、多数の人の難儀を救うことの六ヶ(むつか)しきを悩み給いし位でありますから、斯かる大事業は容易なものではない。」といわれましたのであります。ここに申し上げました如く、「博施於民而能済衆」という文字は、経済という概念がなくてはどうしていわれましょうか、そこには立派な経済という思想が含まれているのであります。 〜 (引用終わり)
三島中洲翁は、そこに書かれている事をそのまま受け取るような事はせず、陽明学を主体としつつ、漢学古典との折衷的な観点から、その時代の変遷や状況に応じて、どのように解釈すべきかを論じられる儒家でありましたから、このように渋沢栄一翁の経済と道徳の一致について、大いに理解できるとして一文を書かれたのであろうと思います。
また、渋沢栄一翁は、論語や算盤において「商人のやり方が宜しくないのは如何なものか。こうした悪習を改めるために骨を折りたい。」という主張もしており、これは、本質的に大事であるはずの前述の三島中洲翁のいう聖人の道としての事業への考え方を忘れ、嘘偽りで人を騙す・悪どいやり方も含め、とにかく利益のみを追い続けるという企業経営を行うと、必ずどこかで社会も含めての暴走が始まり、永続的な企業発展、資本主義としての発展も難しくなる、という趣旨ではないかと思われます。
渋沢栄一翁は実業界から、三島中洲翁は儒家として、後世の資本主義の興隆を予見していたかのように、このようなネガティブな点に対して、対処・克服し、経済活動を発展させていく必要があると考えていたのではないでしょうか。
現代を生きる私達は、この新壱万圓の顔となった渋沢栄一翁を見るたび、翁らのこうした考えに触れ、思いをはせ、翁らのバトンをより良い形で受け継ぐ必要があるように思います。
※参考・出典:「渋沢栄一と二松学舎〜山田方谷・三島中洲から渋沢栄一への陽明学の流れ」「渋沢栄一は漢学とどう関わったか」
